小林 卓也

 

1950 年代、大学院生だったロバート・マッカーサーは、一つの森に何種類もの鳥がいる場合、共通の餌を巡る競争により共存が困難になるのではないか、と考えました。そしてある種の鳥は木の根元で虫を食べ、別の種は木のてっぺん近くで虫を食べるというように、種により異なるタイプの餌を食べていることを発見しました。彼はこの観察を元に「ニッチ理論」の基礎を築きます。これは生物の共存という現象を、利用する資源の違いにより説明する理論で、現在でも生態学の中で重要な位置を占めています。

 

一方で近年、生物の共存をよりシンプルに記述できる「中立説」が注目されています。中立説では、ニッチ理論で重要だった生物種間の違いを無視して、どの種も同じ確率で移入・絶滅すると考えます。ある場所での複数種の共存は「たまたま同じ場所に居合わせて、どの種もまだ絶滅に至っていないから」と捉えるのです。一見大胆な見方ですが、場合によっては現象をうまく記述できます。また、多くの種を含む生態系の変動を予測するモデルを作ることは、個々の種の特性に関する情報が必要なニッチ理論では困難ですが、全ての種を同一に扱う中立理論では可能となります。

 

実は中立説も、その原型はマッカーサーが行った別の研究にあります。彼は、島の大きさと島内の生物種数の関係を、種間の違いを無視して、移入・絶滅のみにより説明しました。これを一般化したものが中立説なのです。

 

ニッチ理論と中立理論のどちらがより普遍的なメカニズムなのかについては、未だに論争が続いています。マッカーサーは42 歳の若さでこの世を去りましたが、彼がこの二つの理論の現在を知ったらどのような意見を述べるのか、興味深いところです。